ジョルジュ・ルオー展が終わって2009/12/01 17:24

白い恋人パーク

12月になりました。

何年かぶりでやってしまったぎっくり腰は、おかげさまでふだんの生活をする分には支障ない程度によくなりました。まだ長時間運動したりするのは難しいですが。
思えば今年4月、5月の引っ越し荷造りの時期にもかなり危なかったのですが、暖かくなり始めた気候がよかったのか、それほどひどいことにならずにすんでいました。今回はちょっと油断していました。

写真は、そのまさにぎくっといった直後に、「大したことではないだろう」とそのままランニングに行き、折り返し地点とした白い恋人パーク で撮影しました。からくり人形のステージです。
ここは、北海道土産として人気の「白い恋人」のテーマパークで、コンサドーレ札幌の練習場も隣接しています。友人とおしゃべりしながら走っていたので道のりの遠さに気づきませんでした。友人たちはそのまま朝里まで30km走っていき、私はひとり折り返しましたが、復路の遠かったこと。往復13kmくらいあったようです。

腰痛が心配でしたが、11月28日には道立近代美術館で開催中の「出光美術館所蔵 ジョルジュ・ルオー展」に行ってきました。展示期間は10月28日から11月29日までのわずか1ヶ月。最終日前の混雑が予想される時期にわざわざ選んでいくのは、この日だけ出光美術館から講師の方が来られて、ルオーの代表作「連作油彩画《受難》」にまつわる講演をしてくださるからで、前売り券を買ってこの日を待っていたのです。

講演そのものは無料。展示室に入るための観覧料を払った人が聴講できるのだと思っていたら、実は講義室は展示室の外にあり、本当にだれでも無料で聴講できるのでした。
ひょっとすると、別の日に絵をみておいて、この日は講義だけという人もいるかもしれません。でも講演を聴いたら、もう1度、絵を見たくなってしまうすばらしいお話だったので、いずれにしても最終日にまた来る人がいたのではないでしょうか・・・・私もその一人。講演の後、閉館ぎりぎりまでの1時間あまりではとても見尽くせず、結局、最終日の翌日も当日券(ただし2回目はリピーター割引で200円引き)を買って見に行きました。

とにかく、お話の内容、言葉の選び方、そして話術が3拍子そろってすばらしくて、美術一般に関しても宗教画に関しても知識をまったく持たない私にもわかりやすく、興味を持たせてくれるものでした。これは、私の仕事にとっても大変参考になりました。科学でも美術でも、翻訳し、解説し、伝える人の仕事ぶり如何によって、理解や共感を得られるかどうか随分違うことでしょうね。

まずは、今回展示されている連作油彩画《受難》が、どのような経緯で描かれたのか、ルオーの出自以来の年代を追って説明されました。

ルオーが46歳の時に、当時よくパリで行われていた画商による画家の「青田買い」として、画商ヴォラールと専属契約を結び、以降、ヴォラールのもとで雇われ画家としてサラリーマン的制作活動をしていたこと。その後、詩人シュアレスが自身の詩集《受難》のため、モノクロの木版挿絵とカラーの銅版挿絵を(ヴォラールを通して)ルオーに依頼。しかし、シュアレスの詩作が遅々として進まず、その過程でヴォラールは木版用原画の油彩化をルオーに依頼し、結局、詩集本体ができあがるよりずっと早く、この油彩画がわずか1年の内に完成したこと。

ミステリーは、油彩画が木版用原画を元にしているとはいえ、では当の木版用原画(版下絵)はどこにあるのかということでした。後の研究で、実は版下絵そのものを絵の具で塗り込めて油彩画が描かれたことがわかります。版下絵を使っているため、この連作油彩画は挿絵の大きさの四角い窓のような構図になっていて、周囲を青緑色で塗りつぶし、印刷の際の図のサイズとノンブル(ページ番号)も書き込まれているのでした。
この点から考えれば、木版挿絵82点に対応する油彩画が存在するはずですが、現在見つかっているのは出光美術館に所蔵されている64点で、残る18点は存在が知られていないようなのです。

「受難」というテーマは、キリストが裁きと辱めを受けた後、オリーブ山で最後の祈りを捧げ、自ら背負わされた十字架に磔刑となるに至る肉体的・精神的苦痛を表し、キリスト教の信条において非常に重要なテーマであるという、こんなことも私は恥ずかしながらよく知らなかったのでありがたい解説でした。

昨年の旅行中、コロンビアの首都ボゴタでは、標高3160mのモンセラーテ山の山頂に教会があり、教会に続く山道の脇に置かれた一連の石像を見ました。あれはまさに《受難》のストーリーでした。フィレンツェのウフィッツィ美術館、ボローニャの市庁舎にあるモランディ美術館でもたくさんキリスト教にまつわる絵を見ましたが、その中にも《受難》があったはず。そして、多くの彫刻家が制作しているピエタ(聖母子像)のうち、世界最高傑作といわれるミケランジェロの若き日の作品も、ちゃんとバチカンのサン・ピエトロ大聖堂で見ています。勉強してから見たかった・・・とは旅の途中でもしきりに悔やんだことでした。

ともあれ、おおよそここまでの解説のあとはプロジェクターで一つ一つの絵を映しながら、講師がこれまでのご自身の研究をもとに解説してくださいました。

興味深かったことは、雇われ画家であったルオーは、挿絵として依頼された版画には自分の信仰からすれば多少不本意な構図も取り入れなくてはならなかったが、その分、油彩画には《受難》のテーマに自分なりの理解を加えた挑戦を試みているということでした。そうはいってもボスであるヴォラールや、長年の友とはいえ依頼主であるシュアレスの意向をまったく無視することはできず、限られた条件の中での工夫をこらしたということ。

これは、(誠に僭越ですが)ライターという私の仕事にも似たところ、学ぶべきところがありそうです。
そして、依頼原稿(頼まれ仕事)であった《受難》挿絵こそが画家としてルオーが世に出るきっかけとなった作品であることも。

講演の後、展示室で実際に連作油彩画《受難》を見に行き、版下にルオーの理解で修正を加えたとされるうちの1枚に、私は心を打たれました。
  "53.そしてあなたによってのみ、私はすべてを信じます、夜に呑まれぬために"

今回の講演のなかでは触れられませんでしたが、ヴォラールの死後、制作途中の絵についての所有権がヴォラールの相続者との間で問題となり、訴訟になったことなども配付資料にはありました。資料によれば、どうやら約800点の権利をルオーが勝ち取り、所有を定められない315点については執行官立ち会いで焼却したとのこと。
これもまた、画家の著作権、サラリーマンが会社で行った仕事に対する権利(青色発光ダイオードの特許問題!)などとという観点から、興味深い話題ではありませんか。

シュアレスの最初の構想から、なんと12年かかってようやく詩集《受難》が刊行されます。その半年後、ヴォラールは交通事故がもとで死去し、ヴォラールの遺産(ルオーの作品)をめぐる訴訟が始まります。

1958年にルオーが亡くなり、1962年と65年に、アメリカとパリで連作油彩画《受難》54点が展示公開されますが、買い手はつきません。
71年に同じ54点がセットで東京と京都で展示されます。

すでに1900年代初めから何人かの日本人がルオーの絵を買っていましたが、まとめて54点を買おうという人はなかなか見つかりません。当時、日本画の収集を始めていた出光美術館初代館長の出光佐三氏が打診を受け、購入を決意します。そのきっかけとなったのは、出光佐三氏がお気に入りだった、ある禅僧筆の絵によく似ているからだったとか・・・なぜ、大胆な筆さばきで描いた墨絵と、ルオーの油彩画が似ていると思われたのか。それがこの講演のオチで笑いをさそうところでしたので、ここには書きません。

その後、さらに連作油彩画10点がコレクションに加わり、また日本でどのように作品が扱われているかを見に来たルオーの遺族が大変感銘を受け、ルオーのもう一つの代表作、銅販画集《ミセレーレ》58点の家族所蔵分を一括して出光美術館に寄贈したエピソードも披露されました(もちろん、このミセーレ58点も今回、見ることができました)。

そして、ルオーがフランスでこれほどまでに愛されているのは、同時代にパリで活躍した多くの画家がフランス以外の国から来た外国人画家、いわゆるエコール・ド・パリの人々であり、ルオーこそがフランス人の心に深く届き、自然に理解される画家で、その描くテーマもヨーロッパ人ならだれでも幼い頃から親しんだキリスト教に基づいていたからだ、ということ。このルオー展が開催されている道立近代美術館内で、同時にエコール・ド・パリを代表する「シャガールとパスキン」の展示が行われており、また隣接する「三岸好太郎美術館」では、ルオーの影響を受けて太く黒い線で裸婦を描いたり、道化師を題材に選んだりした三岸好太郎の絵を見ることができ、いまこれらの展示が同時に開催されていて見比べることができる貴重な機会だということも知りました。

こうした美術館の展示計画や、絵画研究というものにも興味をそそられ、北海道と札幌市の取り組みにも感謝する次第です。企業のメセナ活動の重要性も再認識。


ルオー展についてはこれくらいで。
「シャガールとパスキン」は来年2月までやっていますから、もう一回見に行くかも(11月のアートウィークに3回見ましたが)。

事業仕分けについて、とくに科学研究費の削減に対してノーベル賞受賞者や大学学長らが抗議して話題になっています。私は、基本的には事業仕分けに賛成で、こうして税金の使途が適切かどうかを衆目のもとで検討されるのはとにかく初めてなのですし、既得権をはなしたくないのはだれしも同じですから、まずはこれをきっかけに1からみんなで見直しましょうというのは必要なことだと思います。

仕分け人として参加された、JT生命誌研究館館長の中村桂子氏がブログに感想などを書かれていて、これには非常に共感しました。
中村桂子の「ちょっと一言」2009年12月1日付

Canada snownetは、トップページにある「新着情報」を次々に加えています。おおむね、週の後半に更新する予定ですが、当面はシーズン始めでありますからできるだけたくさんアップしたいと思っています。
 ◆Canada snownet

このサイト、コンテンツとしては左側のメニュー上の方にある「現地最新情報(動画付)」、同じく左側下の方にあるツアー情報以外はすべて私がつくっています。
写真も自分で撮影しているものが多数掲載されています。ぜひご覧ください。
まだ昨シーズンの状態ですが、右上にならんでいる「ファミリー」「バックカントリー」「アクティビティ」や、左側の「VIA鉄道」なども、取材をもとに作成したもので自信作です。

トレイル&ファンランfrom北海道 も更新しました。

「週刊文春」11月19日発売号に掲載の記事のため、取材にこられたフリーライター仲間の金廻(かなさこ)寿美子さんが、ご自身のブログに札幌取材顛末を書かれています。取材後の1日でこんなに観光されたとは驚き!
 ◆フリーライターKの寄り道日記
<< 2009/12 >>
01 02 03 04 05
06 07 08 09 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

これまでの著書はこちら

最新の仕事について
ResearchMap/葛西奈津子
出版ネッツ関西/葛西奈津子

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

課題研究メソッド よりよい探究活動のために [ 岡本尚也 ]
価格:1620円(税込、送料無料) (2017/6/5時点)


企画・編集・一部コラムの執筆を担当しました。JSTによるSSH(スーパーサイエンスハイスクール)運営指導委員として、高校教育の現場で指導にあたっている経験を双方向に生かすことができました。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

あなたの運動は大丈夫? [ 葛西奈津子 ]
価格:1296円(税込、送料無料) (2017/6/5時点)




出版ネッツ関西に所属しています。


出版ネッツフェスタ2017は5月26・27日開催!

出版ネッツ関西 いちもくセミナー開講中
提供:出版ネッツ関西メンバー 天野勢津子さん

RSS